FC2ブログ

さおのむかし

「さおのあたま」の過去ログまとめです

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
さおです。
皆様、お久しぶりです。

プロバイダの変更に伴い、ブログのアドレスを移転いたしました。

新しい「さおのあたま」は⇒こちらです

なお、こちらのアドレスは、ブログの過去ログ倉庫「さおのむかし」として、
存続させる予定です。宜しくお願いいたします

さお 拝



スポンサーサイト
2008.01.06 04:58 | メッセージ | トラックバック(-) | コメント(-) |
累犯障害者



久しぶりの更新。
山本譲司著『累犯障害者』についてである。


2006.12.06 06:28 | 社会 | トラックバック(-) | コメント(-) |
なんか色々書こうと思ったんだけど、考えれば考えるほどダサくなりそうなんで、止す。とりあえず、nomadさんのブログ記事に、応援TBだけ送っときます
(上手く行かなかったんで、nomadさんからTBしてもらっちゃいました。ありがとうございます。10月7日朝加筆)


思考経過だけ、箇条書き。個人的な心情および信条の表明です。私は「さくらちゃん」本人やその御家族を全く存じ上げませんので、彼らを批判したり擁護したりする意図は全くありません。


1.私は「さくらちゃん」のことも知らないし、「こ~」さんのことも知らない。だから、それほど親身にはなれない。

2.一億三千万円をアフリカに投下すれば、どれだけの子供が救えるか。人間の命には価値の差がありまくる、というのは常識だけど、この種の募金活動というのは、それを物凄く明瞭に示してしまうので、正直、見ていて心が痛む。

3.加えて、私は臓器移植という治療行為自体にも、個人の思想的・倫理的立場から大きな疑問を持っている。少なくとも、私個人が「あなたは難病にかかりましたが、臓器移植をすれば治ります」と言われれば、黙って死ぬほうを選ぶ。

4.ただ、そうは言っても、私は友人の子供が臓器移植を必要としたとして、彼が「頼む」と言ってきたら、援助するだろう。私にとって最も重要な倫理的規範は、手が届いて、自分の責任が持てる範囲にある、個人の義理を大切にすることだ。

5.信頼している友人の、そのまた信頼している人に関しては、上記に準ず。







2006.10.05 21:05 | メッセージ | トラックバック(-) | コメント(-) |
syumei.jpg



先だってのイスラエル留学生との話に触発されて、現代社会への関心が久しぶりに復活。その一環で、だいぶ前に買って読まないままになっていた佐藤優著『日米開戦の真実―大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く―』を、勉強の合間に読み進めている。まだ半分だけしか読了できていないのだが、これが実に面白い。

佐藤優氏と言えば、鈴木宗男氏の事件に連座して背任容疑で逮捕され、「外務省のラスプーチン」などと称された人で、一審判決後に出版された『国家の罠』以降、次々と著作を発表し、それらが大変に話題になっている。こうしたことは、御存知のとおり。

で、その佐藤優氏の近著が、一般には「日本ファシズムのイデオローグ」という評価しかなされていない大川周明という思想家についての、再検討を行った上記の書。『米英東亜侵略史』とは、周明が太平洋戦争開戦直後に、国民に対して開戦の経緯と意義を説明したラジオ放送を収録した小著である。


2006.09.09 11:11 | 社会 | トラックバック(-) | コメント(-) |
昨日は、イスラエルのヘブル大学に、一年間留学していた方(日本人)の話を聞いてきた。

イスラエルといえば、日本からの留学生はたいてい聖書研究などの目的で行っていることが多いらしいのだけど、彼はそうではなくて、将来は国連に就職したい、ということで、そのための経験として紛争地域の実際を見聞すべく、留学していたとのこと。「ピース~」というNGOなどで、日本では活動しているんだそうな。


2006.09.07 11:09 | 社会 | トラックバック(-) | コメント(-) |
たまには語学の話でも。大体、八月一杯で中国語の基礎的な部分は頭に入ったかな、と思うので、これまでの学習の経過と、今後の予定をまとめてみる。


2006.09.01 08:37 | 語学 | トラックバック(-) | コメント(-) |
toki.jpg



行って来ましたよ、テアトル新宿。大江戸線ができたおかげで、本郷三丁目からは新宿まで十分ちょっと。便利なもんです。

トシのせいか、最近どうも映画を観るのがメンドクサくて。なんかね、二時間もずっと同じ場所に座って、同じスクリーンを見続けるというのが、おっくうで仕方がない。大学の講義でも、90分ずっと他人の話を聴いてるとアタマが痛くなってくる(マジ)ので、殆ど行ったことがないんですが、舞台や映画でも、ヘタなものを観ているとやっぱりそうなる。いい講義や作品であれば、そんなこと全然ないんだけどね。

まあ、それでも懲りずに、今回は「時をかける少女」を観に行ったわけですが、結論から言うと、非常に良かった。世評は非常にいいらしいんだけれども、単にオタク受けしてるだけの、つまんない映画だったらどうしようとか、ちょっと心配していたんですが、全く杞憂に終わりました。


2006.08.30 07:50 | 芸術 | トラックバック(-) | コメント(-) |
「ゴールドベルク変奏曲」のCDならば、私は2枚持っていて。その一つはマレイ・ペライアの質実な演奏であり、そしてもう一つは、かの名高い、グールドによる初回の録音である。


2006.08.29 12:22 | 芸術 | トラックバック(-) | コメント(-) |
いつもこういうweb上の文章を書くとき思うことなんだが、もうとにかくね、「ルビをふりたい!」のですよ。これが有るか無いかで、文(あや)の豊穣さが随分かわる。もちろん上の文みたいに、単語の後に括弧をつけて、読みを記すということもできるんだけど、それはヴォイスを濁らせるので、できればやりたくないしねえ。

なんでルビをふりたいのかというと、単純に、難読の漢字・熟語を私がしばしば使うから、ということもあるのだけれど、それだけでは勿論ない。読みが一つに定まっている熟語であれば、多少難しくても、わからなければ辞書を引いていただければいいわけで、書き手としては不親切なことだけれども、文の雅風に直接関わる問題ではないからだ。

ただ、困るのは読みが複数ある漢字や熟語について、リズムや意味の関係から、ある特定の読みを読者に要求したい場合である。


2006.08.26 11:32 | 語学 | トラックバック(-) | コメント(-) |
しばらく前に友人から、

>弱くないと文章って書けないと思う?

ということを問われて。それは私もずっと考えていたことだったから、ちょっと取り上げてみようと思っていたのだけれど、旅行に出ていたこともあって、しばらく延び延びになっていた。

そんなわけで、今日はこのことについて書いてみる。いつものとおり、思いつくまま記していくから、まとまりには少々、欠けたものになるだろうけど。


2006.08.23 13:37 | 文学 | トラックバック(-) | コメント(-) |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。